すまいを売るときのあるおはなし

 

住宅を中古住宅として売るときには、その住宅に隠れた瑕疵(異常箇所)がないかどうか、建築士が調査することがいずれ義務化されます。現在は任意ですが、良質な中古住宅流通のために大手の不動産企業では全件調査を行なっています。私も既存住宅状況調査の資格を持っているので、住宅調査の機会がしばしばあります。

先月、神奈川県東部のとある住宅の調査に入りました。定年明けのご主人と思われる方がお待ちしており、丁寧に住まいの中に案内していただきました。調査開始すると、リビングに立派な仏壇がありました。昨年秋に私も父を亡くしたこともあり、心の中で手を合わせました。遺影を拝見すると、アラ還くらいのまだ若いお母さんでした。調査中人懐こく話しかけてくるご主人がどことなく寂しそうに感じました。男一人の家にしてはとてもきれいに片付いており、住まいに不具合もなく調査を終えました。この調査をするということは住まいを売りに出され、ご主人にも新たな人生が始まるのだろうなと勝手に想像していました。それにしても地下車庫にあった40-50歳にはなるであろうホコリをかぶったビンテージメルセデスの行き先が気になりつつ調査を終えました。

その2週間後くらいに神奈川中部に既存住宅調査に行く機会がありました。挨拶を済ませ、調査を始めるとリビングの出窓がDIYですっかり覆われて背景が明るいお手製の仏壇になっていました。器用だなと感心しながら、ふと遺影に目をやるとなんと!見覚えのあるお母さんでした。ん?と一瞬思考が停止しつつもすぐに思い出し、『またお逢いしましたね』と心の中で合掌しました。ビンテージメルセデスが眠る家のお母さんでした。何もなかったように2時間くらいかけて調査を済ませ、帰り際娘さんであろう奥様に旧姓はSさんですか?とお尋ねしてしまいました。奥様は不思議そうにしていましたが、先月神奈川県東部での調査で一度お母様の遺影にお会いしていますと伝えると納得され、顛末をお話しくださいました。お母さんは亡くなって2年経つけど、妹さんも嫁いでしまった。実家に残ったお父様は男一人なので料理もままならず、ここも実家も引き払って新しく皆で一緒に暮らすことになりましたと。そして、ビンテージメルセデスは彼女のお爺様が乗っておられたもので、引き取り手も決まっているとのこと。やれやれ。それぞれに前に進んでいくとお聞きし、何故かほっとしながら調査を終えました。

住み慣れた住まいを売りに出される場合、それぞれいろいろな背景があります。ステップアップしていく場合だけではありません。「ほんとは売りたくないの」と調査中ずーっと話しかけてくるかたもいらっしゃいました。住宅設計を本業とする私は、基本的に明るい未来に進んでいくことのお手伝いとなりますが、既存住宅状況調査の場合は、そうでないことも多々あります。売り主が在宅で調査を行う場合、それとなく空気感で事情が察せられる場合があり、みなさんそれぞれです。神奈川東部のお父さんの場合は、どうされるのかなと気になっていただけに、少し明るいお話を聞けてとても安心したのでした。ほこりをかぶっていたビンテージメルセデスも生き活きと蘇ってほしいなと。

 

 


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