■ ヘビーデューティーとは何か

 
ヘビーデューティーと言い
ヘビアイと言う
いったいこれは何なのか
我々の生活ととこでどうかかわるのか
それは我々に何をもたらすのか
 

 
ヘビーデューティーを我々が意識したのは米国に始まる。その米国で、ヘビーデューティーとは「丈夫な」でしかないだろう。それ以上の意味をそこへくわえるのは輸入国の考えすぎかもしれない。けれども、居直るわけじゃないが、それで良いと思うのだ。ヘビーデューティーという言葉の背景には「丈夫な」というだけではとても説明しきれない意識や生活がある。我々が知りたいのはそれであり、この本の目的もそこにある。
 
つけ加えの第一は、ヘビーデューティー、イコール「本物」ということ。ヘビーデューティーとは物の本質をふまえたもの。その目的を良く満足させるもの。必要でしかも充分な物、よく機能するもの、つまり本物のことなのだ。だから、ヘビーデューティーの良さや美しさは、もの本来の姿そのままの中にある。当初の目的以外の作為や付加価値はヘビーデューティーにはいらない。また、本来の姿だからこそウソではない本当の美意識が宿るのだ。本物の趣味性が入り込めるのだ。カヌートリップのときのフェルト帽子は絶対にダークグリーンでありたいというのも、クライミング・ブーツのレースは赤ときめつけるのも実にそこからきているのだ。
 

1977年発行「ヘビーデューティーの本」小林泰彦著より引用
 
20130905-02
 
 
私のデザインする建築の根底に流れる思想の源流だと再認識した。
今まで良く私が好んで使ってきた「船舶用照明」もヘビーデューティーそのものだ。華美な装飾は一切ない。我が家の築後15年を経たその照明器具は潮風にさらされクロムメッキに緑青のようなカビが生えてきて存在感が出てきた。「照らす」「壊れない」「電球を水からまもる」というシンプルな本来の機能はまったくくたびれず、それはまさにヘビーデューティー・ギアなのだ。
 
 
20130905-01