■ 「北の国から」を観て

昨年秋から年始にかけて、はじめて通しで倉本聰脚本の「北の国から」を観た。1981年が初回放送なので、35年ほど前、私が大学生の頃からはじまったようだ。富良野は私の育った隣町でもあったので、途切れ途切れながらも記憶だけは強烈に残っていた。その途切れている部分を埋めるように見入っていった。
見始めると記憶にあったイメージとずいぶんと違うことに気がついた。それは、その脚本家のメッセージにあった。世の中はバブル経済まっただ中の浮き足立っていた頃にもかかわらず、現代の物質文明に警鐘を鳴らし本来の人間が生きていくことに焦点を当てた内容だったことだ。今では、環境問題、ゴミ問題、豊かさのバリエーションなどのキーワードはそれぞれに認知されていることであるが、35年前のハレの時代にケに焦点を当てていたことに少し驚いた。初回放送の1981年から最終回の2002年までの間、一貫してそのトーンは消えず、時代がハレの時代からケの時代に移り、時代そのものがそのトーンに気がついたように感じた。
ちなみに同じ倉本聰の「ライスカレー」も通しで観ているが、こちらはバブル感が画面を通じてひしひしと痛いくらいに伝わってきて観ていて息苦しくなってくる。

北海道の山の中で私を育てた私の父親は、どことなく麓郷の黒板五郎に通じるものを感じていた。我が家にはじめて自家用車がやってきた頃、少ない材料で車庫を簡単に造ってしまったり、雪が降ると家の前にカマクラをつくってくれたり、なんでもつくってしまうのだ。車庫もどこから集めてきたのかわからない材料で、つぎはぎながらもさっさとつくってしまった。ないものは自分の手でつくる。買うのではなく自分でつくってしまう。この黒板五郎的な精神は、私の中にも流れているようで、できれば自給自足的な生活を組み立てたいと思う。しかし、現実はお金で手に入れなければならず、その精神は緩んだものとなっている。冬の暖房は薪ストーブ一本でやっていることだけが、唯一その欲求を少しだけ満たしてくれている。

建築設計を職業として選んだのも、その辺に原点がある。それも生活に密接した住宅の組み立てが好きだというのもそれに原点がある。できるだけ化石エネルギーに頼らずに生活できないか。できるだけ太陽の恵みと風だけで生きてゆく住まい方ができないか。豊かなすまいとは、きれいでかっこよいスタイルの器なのか。自分でつくることはできないのか。そんなことが根っこにあり、建築設計をやっている。昨年から通しであらためて観た「北の国から」はそんな私の緩んだ原点をもう一度見つめさせてくれるドラマだった。先週末、近々着工する建て主の引っ越し段ボールに「北の国から」のラベルを発見した。同じ匂いを私に感じてくれていた建て主だったのだとあらためて認識させられた。基本に立ち返り、エネルギー浪費のない、ゆたかなすまいかたを探す原点をもう一度きちんと考えて、日々の生き方に反映させていきたいと思う。

しかし、最終回の2002年遺言は「これでおわります」的な唐突感があり、少々残念に感じた。もう少し五郎さんの生き方を観てみたいと思ったのは私だけではないような気がする。

20121109_田中邦衛さん記事