■ USA2000走破 四日目2013.10.04メモ

▼2013.10.04 (写真はグーグルマップから引用)

前夜22:00過ぎ、宿泊地サンノゼのモーテル6に到着。どのくらい走れるかわからなかったので、目標地点のモーテルを事前に日本でチェックしていった。目標地点の半径200Kmほどのめぼしいモーテルの住所を控えていったので迷うことなく第一チェックポイントに入ることができたのだ。

ネット環境はWiFiだけだったので、車を運転している間はもちろん、パーキングエリアや街の中ではかなり情報検索が限られる。GPS付きの車であればそれで検索できるが、時間を節約するためには事前チェックすることが肝要だ。

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▼2013.10.04 11:35

この日のちょいと観光は、アップル本社。いずれ宇宙船のような本社屋に建て替えられるそうだが、ファサードの改修中で養生シートに包まれていた。本社前にはアジア系の観光客が多かった。

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▼2013.10.04 11:47

本社内のアップルストア。部外者はここまでしか入ることができない。入ると5〜6人のチャイニーズが店員に向かって「iPhone5sはないのか!!」と騒いでいた。彼らはどこに行っても大声でお行儀が良くない印象。

レジ付近は日本のアップルストアとそれほど印象が違わないが、商品はアップルマーク入りアパレルが豊富で日本と違う。マック本体やハードが全く売っていない。観光客相手の商売といった感じ。

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▼2013.10.04 12:15

クパチーノ。アップル本社裏手の住宅街を歩く。ロサンゼルス市内の住宅街と違って、鉄格子がほとんどない。隣地との塀もなく安全な街であろうことがわかる。デザイン的には見るべきものはほとんどないが、道路の広さには驚く。ここに限ったことではないが、とにかく住宅街の道路は広い。国土が広いこともあるが、街全体は車優先で造られている。

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▼2013.10.04 12:42

増築の現場があったので、ちょっと覗いてみた。まあまあ、かたづけられていることからわかるように現場内部もそこそこの仕事をしていた。仮設トイレは日本と同じで何故か感心する。

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▼2013.10.04 10:53

アップル本社付近の住宅街散策を終え、ロサンゼルスへ向けてフリーウエイに乗る前に腹ごしらえ。ちょいと目の端にアジア系のスーパーマーケットが目に入る。その端にベトナム料理屋があった。気軽にランチがとれそうなので入る。客層はアジア系とその他で半々程度。フォーを注文。待っている間メニューを見ているとチャーハンもうまそうだったので追加注文。ウエイトレスに注文しようとすると「あんた、さっき頼んだでしょ!」と素っ気ない。いや「add!」というと渋々「OK」と。やる気のなさそうなベトナムおねーちゃんだった。

それでも、フォーとチャーハンはとても美味しく、アップル本社に行って付近で食事をする場合はおすすめできる。

Pho Minh

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▼2013.10.04 13:30

Pho Minhが入っているスーパーマーケット。アジアの食材がほとんどそろっていた。赤いきつねから伊藤園のお〜いお茶まで。鮮魚も豊富だったが、マダイよりも黒鯛の方が値段が高かった。価値基準は日本と違うようだ。

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▼2013.10.04 15:47

サンノゼからロサンゼルスへ向けて国道101号線を南下。トイレ休憩でゴンザレス付近でフリーウエイを降りる。この手のコンボイが多く、日本のトラックと比較にならないスケールに圧倒される。

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▼2013.10.04 15:52

荒野の廃墟ストア。このような風景にもっと多く出会えるかと思いきや、ポートランドからロサンゼルス間ではあまりなかった。廃墟好き、工場好きの私としては少々残念。このたたずまいは旅愁をそそられる。

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▼2013.10.04 20:17

夕方国道101号線は一度海沿いに出た。PismoBeachという街。とある住宅街で夕陽が沈むのを確認し、ロサンゼルスに向かう。PismoBeachを出たところでいきなり山道になる。ガソリンメーターは半分ほどを指していた。ガソリンスタンドがあったら補給しようと思い始めたが、山道は終わる気配がない。全く人気の無い道は延々と続き、だんだん心細くなる。PismoBeachで補給すれば良かった。アメリカではガソリン残量が半分になったら補給は必須だ。100Kmくらい走っても街もガソリンスタンドも全く現れなかった。

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ガソリン残量10%を切ったあたりでやっとガソリンスタンドにたどり着く。アメリカのガソリンスタンドはほとんどセルフ給油だ。田舎の方では、クレジットカードを入れるとそのまま給油できたが、街に近いスタンドでは、クレジットカードを入れるとZIPコードを聞いてくる。ZIPコードって、郵便番号か?と思い店の人につたない会話で聞くもまったく会話が成立せず。あーだこーだしていると50$払えという。前金なんだろうと思い、払って給油して戻ってくるとおつりをくれた。

日本に戻って調べてみると、そのような場合、日本の郵便番号の頭に「00」を足して打ち込むとクレジットカードでセルフ給油できるとあった。やれやれ。調べていけば良かった。

それと、日本のセルフスタンドでは給油中ノズルは手で持っていて満タン近くなると自動でとまるシステムだが、アメリカでは様子が違った。初めて入れたとき、様子がわからずノズルを持ったまま、まだ満タンにならないのかなあと思いつつあしもとを見るとガソリンが大量にあふれていた。次のセルフ給油時に店員が教えてくれたのだが、ノズルの握るところにストッパーが付いていてそれを手動で操作し、自動給油し満タン近くになるとストッパーがきいて止まる仕組みなのだ。慣れればなんてこと無いが、日本と操作方法が違うので要注意だ。

しかし、1ガロンハイオクで91セント。すなわち、1$100円でざっくり計算すると、24円/Lだ。日本の1/6以下。5000ccのムスタングでがんがん走っても、ガソリン代はあまりかからないなと実感するわけだ。日本はガソリンが高すぎる。

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▼2013.10.04 23:00

国道101号線をロサンゼルスに向けて70〜80マイル/時でひた走る。ロサンゼルスに近づくにつれ、片側2車線からどんどん車線が増えていき、片側4車線になる。この日の行程2/3を消化したあたりで、頭はランニングハイ状態。苦も無くハンドルを握るのが楽しくもなく。ゆきかうヘッドライトとテールライトを眺めているうちに、中島みゆきの曲を頭の中で口ずさんでいた。

語り継ぐ人もなく 吹きすさぶ風の中へ 紛れ散らばる星の名は 忘れられても ヘッドライト ・テールライト 旅はまだ終らない

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▼2013.10.04 23:00

遅い晩飯。シーフードを狙った。少々高かったが、サンタモニカの味を試す。ここでも勉強。クレジットカード払いの場合チップも金額を書き込めばそれでOKとロサンゼルスの友人建築家から教えてもらっていた。よしよしとよく読まずに15%程度をチップとして書いた。しかし、戻ってレシートをよく見ると既に「included gratuity」と書かれていて手書きの15%を足すと30%もチップとして払ったことになるようだ。まあ、何事も体験しなくちゃ体得できないのだ。

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▼2013.10.04 走行ルート

サンノゼ〜ロサンゼルス

走行距離:約382マイル(614Km)

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10.01 + 10.02 + 10.03  + 10.04  四日間合計 1292マイル(2067km)

 

今回の旅で思ったことメモ。

結果として、四日間で2000Km以上走った。そのうえでの感想はアメリカはとてつもなくでかいということ。生活するとして日本と比べるとどちらが良いかは言うまでもないが、得体の知れない底なしの可能性を感じたのだ。これでは、アメリカを敵に回して戦うことは無謀というものだと体で感じた。

高校生の時にカルチャーショックを受けた雑誌ポパイのライフスタイルは今では強烈に感じることはなかった。しかし、空と地平に飲み込まれていくように続く気の遠くなるような一本道をひた走っているときは、アメリカンサイズのモーターホームやSUVが多く、サンフランシスコやロサンゼルスの街では、プリウスクラスの普通車が多く日本と変わらぬ風景だった。アメリカの田舎では日本サイズでは見られない悠々としたカーライフスタイルがあることを知った。そして、焦ってかっ飛ばしている車は私だけだったことも記憶に残ったのだ。

 

 

 


■ USA2000走破 三日目2013.10.03メモ

▼2013.10.03 8:00

WaldPort/KOAコテージ横の河口。釣りボートが浮かんでいる。サーモンかスチールヘッドか。流れが効いていて良い感じだった。昨夜のプランでは橋桁付近にアプローチし、その陰に潜みベイトを狙っている奴と遊ぼうと思っていた。しかし、降りることができず断念。

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▼2013.10.03 8:25

車で下流に移動し、キャスティング。風が強く、気温も低い。ロサンゼルスあたりは20℃以上あるというのに、この日は5℃くらいしかない。数投して気配がないのでとっとと引き上げる。この日は1000Km以上の長距離走破を予定しているので潔く岸辺をあとにした。

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▼2013.10.03 9:32

キャビンに戻ると、モーターホーム群も、のそのそと朝の移動を始めていた。この日は宿泊地のWaldPortからApple本社があるSanJoseまで走る予定だったので、宿は決めていなかった。それは、走行距離1051Km、所要時間13時間ほどということだったが、本当にそこまでたどり着けるかわからなかったから。行けるところまで行って泊まれるところで泊まろうと考えていたのだ。

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▼2013.10.03 10:52

走り始めると、日本では見ることのできない不思議な光景がしばしば見られた。3階建てビルくらいの高さの針葉樹が道の両側に枝を張り出し隙間無く立ちはだかり、空が異様に狭く、その底を這うようにまっすぐ続く道はしんとして暗く、まるで海底を思わせた。人気が全くなく、少し心細くなる。

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▼2013.10.03 12:39

ただ、ひたすら走る。101号線は、自然豊かな狭い片側1車線だったが、5号線に出ると雄大な大地をただひたすら走る。雲の流れの方が早いなあと思いながら、80マイル/hくらいでただひたすら走る。こっちのひとは割と皆安全運転だった。私一人が、地の果てまで急ぐように80〜100マイル/hで走っていたのだ。ロサンゼルスの建築家からは結構スピード違反でつかまるから気をつけるようにと言われていた。幸いポートランドでシェリフを見かけただけで、フリーウェイではお目にかからなかった。

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▼2013.10.03 13:34

走り始めて4時間ほど。数回、ガソリン補給と休憩でフリーウェイ横のパーキングにピットイン。オレゴン州の5号線は、この手の車がとても多い。土地柄か小さい日本車はほとんど見かけなかった。この車も大きなキャンピングカーなのだが、運転席に乗り込もうとしているのは白髪のおばあさん。80歳は超えているようだ。遠くに移動しているのか、近くに住んでいてサンダル代わりにこの車を運転してやってきたのか、見分けが付かなかった。それくらい普段着っぽい車の扱い方だった。さすがだな。と思わずぱちり。

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▼2013.10.03 14:54

この時間でまだメドフォード付近。針葉樹林から広葉樹が混じるようになる。まだこの日の走行工程の半分も走っていない。まだ、オレゴン州なのだ。フリーウェイ横のパワーセンターでトイレとコーヒー休憩。バスボートを牽引するランクルを発見。街が近いせいかSUVやキャンピングカーよりも、普通車が多く見られるようになる。それでも、オレゴン州は大型サイズのSUVがまだまだ多かった。

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▼2013.10.03 16:06

走れど走れど道は地の果てまで続いていた。すると突然あるカーブを曲がると富士山もどきが姿を現した。ほんとにまるで富士山のように冠雪したその山は、かなり大きかったのか走れど走れどその大きさは変わらなかった。そのもどきを目にしてから、2時間以上は目の片隅にその存在感を誇示していた。あとで調べるとシャスタ山という山であり、その日の走行工程のちょうど中間地点に位置する山のようだった。

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▼2013.10.03 18:28

地平線に見えなくなるまっすぐな道を、ただ黙々と右側斜線を走るトラックやトラックを抜いていった。やがて夕暮れていくも、ただひたすら黙々と走るしかなかった。この右手のトラックの右側に低い丘のような山が大きく横たわっていて、その100km先には太平洋が広がっている。そこに日が沈んでいくのだろう。その丘をシルエットにして夕焼けが長く続いた。これも感覚的に日本では味わえない長さではないか。時間はアメリカでも日本でも平等であるはず。黙々と運転しているその状況がそう思わせたのか、日本にはない地形がそう思わせたのか。不思議な時空がしばらく続いた。この道は3時間ほどまっすぐだったような気がする。日本では味わえない時空だ。

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▼2013.10.03 19:03

いよいよ暮れていく。この空と地平の中に飲み込まれていくようなのっぺりと変化のない道には外灯なんて全くなかった。暗くなりはじめは少々不安に思ったが、慣れてくると意外になんともなかった。それは、道路に描かれている白線に反射版が埋め込まれていて、暗くなるとヘッドライトに照らされたその反射版がとても気の利いたガイドになっていったのだ。合理的で、エネルギーを使わない良い方法だと感心する。も。まわりにまったく光がないので有効なのだと気がついた。道路周辺に街の明かりが散在すると、反射版もうまくガイドできなくなるのではないかと。

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▼2013.10.03 21:50

なんとかようやくやれやれ、本日最終到達目標地SanJozeちょい北のサンフランシスコまでやってきた。ここまで約12時間。ちょいと寄り道、観光気分でゴールデンゲートブリッジを渡って引き返すことに。夜なので詳細はわからなかったが、なるほど、横浜ベイブリッジ、瀬戸大橋の原型らしいたたずまいだった。ここでこの日予定している走行距離の9割は走破していた。ここまで来るとランニングハイに近い(のであろうと想像する)、いい感じの興奮状態が続き、苦痛も疲労もなくルンルンとSanJoseに快走して行ったのだ。22:30頃SanJozeのモーテル6に滑り込みチェックインを済ませ、コンビニで酒とつまみを仕入れ、軽く一日を振り返り泥のように眠った。

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▼2013.10.03 走行ルート

ウォルドポートKOA〜サンノゼ

走行距離:約657マイル(1051.2Km)

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10.01 + 10.02 + 10.03  三日間合計 910マイル(1456km)

 

 

 

 

 

 


■ USA2000走破 二日目2013.10.02メモ

▼2013.10.02 9:10

朝、テーブルにルームキーとチップを置きCascade Locks / Portland East KOAを出発。ポートランド市内に向かう。

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▼2013.10.02 9:30

ハイウエイにあがる前にちょいと立ち寄る。橋桁にネイティブの絵。車で走っていると鉄橋がおもしろい。それぞれの時代のデザインがあり迫力がある。

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▼2013.10.02 10:10

ハイウエイに乗り、左車線を調子よく10マイル超え(80マイル/h≒130km/h)で走っていると、右車線を走っている車が目の端に写った。一瞬『緑色?sheriff??!うわっ』と速度を落とし、右車線に移動し、後部につけた。白黒に赤いサイレンを積んだ車しかなじみがないが、瞬時に機転が利き事なきを得た。やれやれ。

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▼2013.10.02 12:15

ポートランドは車よりも、ロードバイク、電車などのCo2排出が少ない乗り物を積極的に取り入れようとしているらしい。そうは聞いてきても、車は多かった。しかし、セグウエイで観光ツアーしている様子を見て、さすがポートランドだなと感心する。が、歩いた方がダイエットにいいかも。

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▼2013.10.02 12:17

1982年に建築されたポストモダン建築の代表作品。マイケル・グレイブスの設計。全体的な印象は、色と形でデザインされたためか、熟して良い感じとなってはいなかった。手入れをしっかりやっていかないと色と形のデザインだけでは、経年変化に耐えられないのだろう。やはり年月を経て熟すことによる良い味を出してくるのは自然素材に軍配が上がるか。

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▼2013.10.02 13:44

この夜は、太平洋沿岸部で宿泊する予定だったので、翌朝ちょいとサーモンかスチールヘッドに遊んでもらうことにしていた。羽田でデルタ航空の手荷物制限の枠に引っかかりロッドケースを一つ置いてきていた。加えてスーツケースに忍ばせておいたパックロッドの穂先が、今朝数投でポキリといってしまったためポートランド市内をでる前に新たなパックロッドを物色。まあ、上州屋のアメリカ版のような店に行く。驚いたのは、釣り用品の売り場の脇で、ライフルを売っていたこと。なにげに買っている人も居て、背筋がざわつく。

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▼2013.10.02 13:55

ついでに正しくサーモン君とスチールヘッド君に遊んでもらうために「フィッシング・ライセンス」も購入。二日分で、31$。3000円強。そんなもんだろう。ライセンスを購入し、ガソリンを入れ、今日の宿泊地Waldportへ向けて出発する。

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▼2013.10.02 18:00

州間高速道路5号線を南下し、コーバリスあたりで国道20号線を西に向かう。100km弱、森林地帯を走り、太平洋に出る。ニューポート・ジャズ・フェスでも有名なニューポート。スーパーで買い物をし、街を見ることも無く宿泊地に向かう。街を出て湾岸を走り出し大きな橋をわたるところで左側対岸の山肌に街がへばりつき、とても美しい街のようだ。時間があれば街をぐるっと一走りしたくなるが、暗くなりそうなのであきらめる。

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▼2013.10.02 18:00

Waldport/Newport KOAに到着。今夜もポートランドで買ったステーキを食う。500gの一枚にしておく。
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▼2013.10.02走行ルート

カスケードロックス〜ポートランド市内〜ウォルドポートKOA

走行距離:約193マイル(308.8Km)

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10.01 + 10.02 二日間合計 253マイル(404.8km)

 

 

 

 


■ 聞き覚えのある映像だ

 
 
俺はどこに向かっていくのだろう
高校生か大学生の頃の遠い記憶の…ようだ
 
 

 
 
この曲はライ・クーダーだとは思っていた

 
 
原点はここだったのか!それは今知った

 
 


■ どこに向かっていくのか

サイトデザインを更新しました。
 
1999年3月からはじめたWebSiteも、これで五つ目くらいのスタイルになりました。
最近、HomePageBBSでのコミュニケーションやBlog内コメントによるコミュニケーションはかなり少なくなりました。
主に、facebookやtwitterのSNSでの会話が主流です。
ただ、その人が何を考え、何を見据えているのかという発信はBlogやHomePageの方が伝わると考えています。
また、書きっぱなし、つぶやきっぱなしのSNSよりも履歴として残ります。
 
今私は、「原点に返る」ことを掘り下げようとしています。
それは「ポパイの創刊号」に始まり現在の建築創造に至るまで私を動かしてきた思考エネルギーは何だったのか。
何に向かおうとしてきたのか、何がエネルギーの根源だったのか、そしてそれは今後も続いていくものなのか。
 
平塚で6区画の住宅の全体デザインをするプロジェクトが動き出しました。
住民と一緒にデザインしたいと考えています。
そのために私自身の中で、その街はこれからどの方向に向かうべきなのかを原点から絞り出したいと考えています。
 
 
オーセンティックでシンプルに。そして海の香り
(2013年8月1日 旧WebSite vivid-style.comより)