平成30年24号台風でリデザイン

 

2018年10月1日未明1:30頃、台風24号により、葉山町に突風が吹き荒れました。枕元においてあった携帯電話が鳴り、そのコール内容でその事態の大変さを知りました。「バルコニーの屋根が飛んで家が揺れているけど、このまま家にいて大丈夫か」と私のお客さんから。それから目が覚めて屋上から周囲を見渡すと、突風が吹くたびに電柱のトランスあたりから火花が真横に飛んでいき、それはここに住み始めて25年目にしてはじめての体験でした。聞くところによると、湘南国際村では、瞬間風速50m/sを記録し、近所では古民家が真横に倒壊したとも聞こえています。とんでもない災害でした。翌朝、我が家も点検すると、上の写真のように2階のバルコニーの付け庇が全壊していました。

早速、深夜コールのお客さんのところに行くと、バルコニーの屋根が飛んでオープントップになっていました。取り急ぎ、雨による二次被害が出ないように施工者に応急手当てを依頼し、火災保険手続きのための資料作成準備をしました。この風水害による復旧費用は火災保険で担保できます。まずは、被害が広がらないように応急復旧して、保険の手続きを進めます。

 

お客さんの要望をお聞きすると、また同じような災害時屋根が飛ばないように工夫したいとのことでした。開閉式の屋根にしたいともお話されたので、カブリオレスタイルにリデザインすることにしました。ピンチをチャンスに。これをきっかけに、雨のときは屋根が有り、気持ちの良いときや台風時には格納できる屋根スタイルへ、まさにカブリオレスタイルの住まいです。

まだ、計画が始まったばかりですが、さらにワクワクするような生活ができそうで、楽しみにしています。
我が家のバルコニーも、台風に備えてカブリオレスタイルへリデザインする予定です。

 

被害前のバルコニー

 


Tシャツでアイスクリーム

 

あるプロジェクトがきっかけで日頃考えていることが私の中で生き生きと動き始めている。

● エアコンに頼らないこと
● 風、太陽などの自然エネルギーを存分に活用すること
● 一度蓄えた自然エネルギーを逃さないこと
● 再生資源である木を使うこと

これらは、私が今まで住宅制作活動の「プランニング」において実践してきたこと。あくまでも「パッシブ(ソーラー)プランニング」であり、設備を多用する「アクティブ(ソーラー)プランニング」ではない。すなわち、それは設備に頼ることのないプランニングの工夫、言い換えれば間取りや断面計画の工夫で実践しようとすることなのだ。

夏は微風を捉えて住まいの中に気流を発生させる。
冬は太陽光を家の中に蓄え、逃さない。

この2点は、費用のかかる設備投資をしなくても設計の工夫で可能な知恵なのだ。かつての日本家屋がそうであったように、自然とともに暮らす知恵である。
ただし、かつての日本家屋そのままでは、「夏をもってすべし」がいうように夏の涼しい暮らしの知恵でしかない。現代生活では冬の豊かな暮らし方の視点を圧入することと痛感する。
かれこれ40年ほど前、北海道から東京に出てきた私に、なんて東京の冬は寒くて貧しい暮らしぶりなんだろうと感じたことが源流として流れている。『どてらにこたつでみかん』 VS『Tシャツ姿ストーブの前でアイスクリーム』は笑い話ではあるが。

 

2016年COP(気候変動問題に関する国連気候変動枠組み条約締約国会議)でパリ協定が発効された。それは、世界平均気温の上昇を1.5~2℃までに抑えることを目標にしようという指針である。
これは、エネルギーの浪費をやめ、有限かつ温暖化を促進する化石エネルギーの使用を大幅に減らそうという目標だ。
それは、自然エネルギーを積極的に使い、一度得たエネルギーを有効に使おうということと同義と考えて良い。
現在最もよく聞こえてくるキーワードは「脱炭素」。かつては、サスティナブル・デベロップメント(持続可能な開発)とも言われていた。次世代につけを回さない開発。それをさらに具現化するキーワードとして脱炭素がいよいよ動き出したと考える。もうすでに1980年代から同じことを指針としてきているのだと改めて考えさせらるのだ。

 

築40年、100坪、各室にバスルームを持ったかなり贅沢な木造家屋が目の前に現れた。古いといえば古い。少し前であれば、スクラップ・アンド・ビルドだったはず。セントラルヒーティングで全館空調されたであろうその館は、やはり脱炭素を目指してリノベーションする必要があろう。
木造家屋の心臓部にシロアリが巣食っていないか、建物は不同沈下していないか、基礎は生きているか、そのためのチェックが必要である。それらのチェックで延命可能と診断されたら、徹底的にリノベーションを行いたい。

その際には、やはり

● エアコンに頼らないこと
● 風、太陽などの自然エネルギーを存分に活用すること
● 一度蓄えた自然エネルギーを逃さないこと
● 再生資源である木を使うこと
を念頭におきたい。

この脱炭素の指針のもとこの館が延命再生されることは、地球人類地域住人の持続可能な具体的手法になると考える。

能書きはさておき、安く快適にそして人間らしく暮らせるすまいに再生させることが第一目標であることはいうまでもない。
冬の寒い時期、太陽光の恩恵を受け、Tシャツ姿でアイスクリーム片手にのびのびと動き回れるすまいが理想的だ。

 

 


1991年。30歳の地図

もうかれこれ25年以上も前の企業人時代「アトレ」という情報誌に掲載されました。そのタイトルは「30歳の地図〜70坪、東京ドーム目標売り上げ10億円。一級建築士の仕事はそこから始まった。」です。1987年頃、私は商業施設を専門に担当していて後楽園スタジアムから東京ドームに生まれ変わるというタイミングで幸運にもその店舗設計を任されたのでした。

その顛末は、私の源流であり今も根底に流れる教訓になっています。

「店舗デザインは商品が売れてなんぼ」デザインが優れていても商品が売れなければだめということ。

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建築家展に参加しました

2017.07.15から三日間、横須賀市の湘南国際村で開催された建築家展に参加しました。日常生活ではなかなか出会うことが少ない建築家とお話するイベントです。今回は、逗子、鎌倉、横浜から総勢10人の建築家が集まりました。
三日間ご来場いただいた方々といろいろなお話しをするのですが、みなさんそれぞれいろいろとお悩みをもっておられました。

特に印象に残っているのは、家族構成の変化に伴い今のすまいをリフォームするか、建て替えるかというお悩みでした。予算的にはリフォームなんだろうけれど、築年数からすると構造的に大丈夫なのだろうか、建て替えた方がよいのではないかという悩みです。その悩みにプロの視点でどう思うかということでした。
実際に状態を見てみないとわからないことが多いのですが、ひとつの視点は1981年に大きく改正された耐震基準を満たしているかと言うことでしょうか。ようはその建物の完成時期が1981年以降か以前かという視点。築36年以上か以下か。その耐震基準は、新耐震基準と言われ以下のような概念で改正されています。

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新基準では、地震による建物の倒壊を防ぐだけではなく、建物内の人間の安全を確保することに主眼がおかれた。旧基準の震度5程度の地震に耐えうる住宅との規定は、新基準では『震度6強以上の地震で倒れない住宅』と変わった。
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リフォームか建て替えかで悩むときには、ひとつの机上の判断基準となります。新耐震以前の建物であれば、目に見えない内部構造の状態が良好でこの先も問題ないとなれば耐震補強を行ってすまいの寿命を延ばすことが可能になりますが、構造に痛みがある場合は建て替えた方が安心して住むことができます。ただ、築年数が浅くても、構造に痛みがある場合や合法的に造られていない場合はやはり建て替えた方が良い場合もあります。こればっかりは現物を調査してみないと判断できません。

子供夫妻と同居することになったのでリフォームしたい。
身の丈に合った終のすまいを再構築したい。
犬と楽しく住むのに快適な環境を整えたい。
ハウスメーカーや工務店のショールームは現実味が無いので建築家はどのような空間を造っているのか。
土間と木、薪ストーブのライフスタイルを構築したい。
などなど。いろいろな方のお悩みをお聞きできて充実した三日間でした。

木(もく)と風が設計テーマの我々にぴったりの志向をもった方々もいらっしゃいました。とっても興味深くお話をお聞きしましたが、私たちの設計志向がうまく伝わったのかどうか。伝わってくれるとうれしいのですが。
そうそう、釣り具畑メーカー一筋の方もいらっしゃり、ルアーメーカーとして今はメジャーになったシイラゲームを仕掛けたというお話しもお聞きでき、是非また別の機会にその方面のお話しもお聞きしたいと思いました。またの機会があることを楽しみにしています。

 

 


住宅素材について考えること

築140年超えの『古民家をさしあげます!』と告知して以来いくつかの問い合わせをいただいている。問い合わせをいただいた方をご案内し、あらためてまたその存在を目にする機会があった。一部の生活空間は40年ほど前にリフォームされて新建材の部分もあるが、小屋裏にあがると明治初期に江戸時代に生まれた大工による苦労の跡がうかがえる。最近はかかわった職人の痕跡を残すことが難しいすまいづくり。職人気質であろうがなかろうが、誰が関わってもだいたい同じように出来るよう新建材が整っている。この狂わないメンテナンスフリーをうたう新建材が職人をダメにしているのだろうと思わざるを得ない。そして、そんな新建材でできた誰が関わったかもわからない空間の中に住む人もその空間にこだわりを持つことが少ないだろう。古くなれば、また新しくしようという意識が根底に流れている。

前に、最近の車はクラシックカーにならないのは何故だろうということを問うてきた方がいた。その方とフリートークする中で、車のほとんどが、プラスティックやFRPで造られて、へこまない、錆びない、軽いなどなど一見よいことずくめではあるが、手間暇かけて愛でながら状態を向上させるということがしにくくなってきているのではないかという結論に至った。手をかけなくてもそれなりに新車の状態が維持されるかわりに、手をかけても新車時以上にならないのだ。加えて、古い車は税金が高くなるといった税制で国も後押しし、車を永く大切に乗り黒光りしたヴィンテージカーよりも、燃費の良い新車が良いといった大きな流れになっているのだ。

住宅をとりまく状況も残念ながらそれとあまりかわらない。造り手側にもすまい手側にも、住宅を永く住み続けるために素材を吟味する。住宅に手をかける。そしてその手をかければかけるほどよくなっていくという意識を持つ方が多くないのが実情だ。造る方はメンテナンスフリーな新建材を勧めることで自社の首を絞めないようなすまいづくり造りをする。特に自然素材は、熟練の職人でないと扱うことが難しく、うかつに手を出すとメンテナンスで苦労する。反った、割れた、動いたとクレームになるのだ。すまい手も住宅は高い買い物なので、メンテナンスにお金や時間を取られるのはできるだけ避けたい。ましてや長期にわたりローンを組むので、支払中の大きな出費はできるだけ避けたい。両者の思惑が不思議と合致して、新建材がもてはやされる。結果、永く使えるようにと素材と造り方が工夫が凝らされた昔のすまいとは違って、一見メンテナンスフリーのように見える新建材でも寿命が来るとあっけない。素材自体に、修理して工夫して手をかけて永く持たせる意識が無いので取り替えるしかないのだ。取り替えられればよいが、他の要件も重なり、えいや!と建て替えられることになる。建て替えられる資力があればいいが、無ければ悲しい結末。

黒くすすけながらも手の込んだ継ぎ手を見ながら。そうはいうものの、住み手の事情、税制を含む社会事情、さまざまな要因が絡みあい『古民家さしあげます!』という状況になっている。しかし、一点見える光は継承者があらわれ本プロジェクトが動き出すと、その造作に苦労した江戸時代に生きた大工も、材料も喜んでいるのではないだろうかということ。それらの喜びをも継承できるのは、新建材には無い本物の素材がが持つチカラではないだろうか。そんなことを感じつつ、見学者の背中を見まもっていた。

 

 

 

 


デザインギャラリーにDOMA

今まで設計してきたすまいには多くの土間空間があります。デザインギャラリーに土間だけをピックアップしてみました。

デザインギャラリー「DOMA どま 土間」

掲載しているすまい

 ■ 茅ヶ崎。木・風・大黒柱のある家[No.19]

 ■ 湘南国際村。木・風・緑化格子のある家[No.22]

 ■ 鎌倉。木・風・大黒柱のある家[No.25]

 ■ 大井。木・風・土間のある家[No.36]

 ■ 葉山。木・風・光井戸のある家[No.43]

 ■ 葉山。木・風・もみじのある家[No.44]

 ■ 葉山。木・風・丼の家[No.45]

 ■ 座間。木・風・ビックステップス[No.47]

 ■ 葉山。風の建築[No.56]

 

 


■ 建築模型のつくりかた

ホワイトモデルと呼ばれる建築模型のつくりかたを動画で紹介します。01 道具紹介 → 02 スチレンペーパーカット編 → 03 組み立て編 → 04 スタディ模型「シンプルな風の建築」の説明の4編で構成されています。

01 道具紹介

02 スチレンペーパーカット編

03 組み立て編

04 スタディ模型「シンプルな風の建築」の説明

2015年5月9日(土) 10:00〜16:00
葉山芸術祭「建築模型をつくろう」のワークショップを予定しています。
場所は、佐山建築研究所地下ガレージです。
〒240-0112 神奈川県三浦郡葉山町堀内1315-1

お問い合わせは、佐山まで。
090-3337-7359
046-877-1091
m.sayama@mac.com

参考サイト

■ 葉山芸術祭2015に参加しています


■ 葉山芸術祭2015に参加しています

参加テーマは「建築模型をつくってみよう」です。展示開催期間は、4/29(水)〜5/17(日)です。
我々、建築設計のプロは設計過程でデザインをスタディするときに、頭の中で考えるだけでなく簡単なホワイトモデルといわれる1/100〜1/50程度の模型をつくります。ホワイトモデルでは形の善し悪しだけではなく、光りの入り方なども、チェックできます。そのホワイトモデルの作り方はちょっとしたコツがわかれば意外と簡単につくることができます。

4/29〜5/17の葉山芸術祭期間中は、基本的にホワイトモデルと写真パネルの無人展示となりますが、5/9(土)には簡単なワークショップを予定しています。そのワークショップでは、実際にホワイトモデルをつくっていただきます。材料、道具は予約に合わせて、主催者側で用意します。要予約ですのでお気軽にご連絡いただきたいと思います。

<ワークショップ「建築模型をつくってみよう」の概要>
■ 主なワークショップ対象者:
・建築デザインに興味があるかた(子供から大人までどなたでも)
・いずれ家を建てたいと思っているが、どんなすまいがよいか迷っている方
・他の工務店やハウスメーカーで計画中だけど、その計画内容でよいか自分で模型をつくってみたい
・純粋に模型をつくってみたい方
・風の建築に興味のある方
・などなど

■ 制作予定模型:
シンプルな風の建築

■ 模型制作コーチ:
佐山 希人(葉山)
安井 俊夫(小田原)

■ 予定日時:
2015年5月9日(土)10:00〜16:00

■ 予約期日:2015年5月8日(金)12:00まで

■ 参加費:無料

■ 連絡先:
佐山 090-3337-7359 あるいは m.sayama@mac.com
佐山建築研究所 046-877-1091

■ 会場:
神奈川県三浦郡葉山町堀内1315-1
佐山建築研究所地下ガレージ

車でお越しの方は、ご予約時近くの無料駐車スペースをご案内します。
4/29(水)〜5/17(日)の期間中、展示見学のみの場合もご連絡いただければご案内いたしますので佐山までお問い合わせください。

会場へのアクセスイメージと会場の様子です。

○ 葉山芸術祭オフィシャルサイト
○ 佐山建築研究所 FB 関連記事


■ 街に対して開くか閉じるか

私は25年ほど前、葉山町を終の棲家として選択し、北海道のふるさとを捨て、この町に流れ着きました。北海道のふるさとを捨てたと書きましたが、私が生まれたその町は北の果てにあり、かつて栄えた炭鉱町でした。もう40年以上前、私が小学4年生の時ににそのふるさとは解体され、コンクリートの残骸だけが残る原野となってしまいました。私がふるさとを捨てたのではなく、ふるさとに捨てられてしまったという方が正しいかもしれません。その後、高校3年生まで富良野市の隣町である深川市で育ちましたが、やはりふるさとと思えるのは原野になってしまった羽幌炭鉱なのかなと感じています。

私は今、葉山町で幸運にも子育てをすることができています。その彼女にとっては、葉山町がふるさとになるわけです。私が葉山で住宅設計をベースにしているため、少なからず街との関わりを考える機会があります。一軒のすまいを考えるとき、街に対して開くか閉じるか、街との関わりはそこからはじまります。子供を授かってから、この「街に対して開くか閉じるか」という視点に変化が生じたことは事実です。

子供は夫婦二人だけで育てることではなく、その地域に育てられることが肝要ではないかと考えるようになりました。子供に関する事件も多い昨今、ますます街の目が必要だと感じています。個のすまいが街に対して閉じるのではなく、ゆるく街にかかわり、少しだけ開いたすまいにすることが大切なのだと考えるようになりました。具体的には、家の中から少しだけ近所の気配を見ることができる、逆に街からも家の気配を感じることができる。また、近所のおじいちゃんおばあちゃんが安全に散歩できる。雨が降ってきたら、ちょっとだけ雨宿りができる軒先がある。強い日差しを避ける深い軒先がある。散歩途中でちょっとだけ休憩できるベンチがある。そんな家のあり方が、そこに住む方と街とのかかわりを深めていく小さなきっかけになるのではないかと。そのちょっとしたしつらえが、その家に住む子供とその子供が住む地域の目をはぐくむのではないかと考えています。

そんなゆるく地域に開いた一軒の家は、お互いに気を配ることができる心地よい街に変える力を持つのだと思います。私のふるさとである羽幌炭鉱の街には近所のおじちゃんおばちゃんのやさしい目がいつも光っていました。だから、「私のふるさと」といまだに感じるのかもしれません。

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KEN五島の写真家ブログより引用


■ 湘南T-SITEを観る

藤沢市にあったナショナルの工場跡地6万坪に「Fujisawaサスティナブル・スマートタウン(Fujisawa SST)」という跡地開発が進んでいる。たまたま通りかかったので、そこの目玉「湘南蔦屋書店」に行ってきた。商業施設のプロって、そういうことをブツブツ言いながら観てるんだと思ってください。

▼ ぱっと観たところ、工場か研究施設にしか見えないなあ。外観を観ただけでは何屋か見当もつかない。せめて電柱くらいは埋設してほしかった。せっかく「サスティナブル・スマートタウン」という街を目指しているのなら。

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▼ デザイナーの肩に力が入っているのか、看板が見えない。色も同化していて「蔦屋書店」と車からは認識できないのだ。

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▼ やっぱり、何屋なのかわからない。スカイラインに看板を付けるとすごい訴求力が出てくると思うけどなあ。

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▼ 太陽光発電パネルの外構ははじめて見た。ざっと、400Mくらいはある。家庭用モデュールだと500枚くらいある。1枚あたり250Wだとすると、1時間あたり125Kwも発電する。これは一般家庭で使用する電気量の半月分くらい。こんなに電気つくってどうするんだろう。それにしてもすごい。

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▼ やっぱり電柱は美しくない。せっかくのスマートタウンなのに。

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▼ 隣接する住宅地。スマートタウンて何を目指しているのだろう。色気がない。サイズからして子育て世代を狙っている模様。同世代分譲地の将来は、育った子供が出て行き老人のみが残されて閑散とした姿になる。様々な世代、職種などが混在して色気のある街ができていく。すでにやり尽くされたこの街の作り方は造り手側の都合でしかないと思う。

せっかくの自転車専用ラインは路上駐車の格好の的になりそう。運転者のモラルが問われる。

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▼ 三つの建物で構成されていて、それぞれエンタメ、フード、ファミリーに分かれているのだそうだ。このインフォメーションサインを見るまで、まったくわからなかった。

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▼ おっ。デジタルサイネージ。いわゆる定点サインとこのデジタルが混在しているけど、せっかくなんだから全部デジタルサインでやれば良かったのに。

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▼ モノトーンでシックに大人しく。消火栓もお化粧。

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▼ 大きなカウンターがあり、本屋さんとは思えない。

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▼ 時間のあるときにゆっくり再訪したい。

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▼ 行ったのは平日の10:30頃。結構いろんな世代の人が来ている。民間の図書館といった風情。図書館にスタバが入っているっていう感じ。

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▼ おっ。ポパイに平凡パンチ。本の博物館的な感じ。

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▼ ややっ。ポパイの創刊号が。¥20,000-は高いなあ。しかも、1964年発行は間違ってる。1976年が正解。一昨年私は中古だけど7,000円で手に入れた。

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▼ 2階をふらふらしていると、なにやらお姉さんがカウンターに。なんとそこは銀行だった。本屋と他のテナントの境界線が全くないのだ。これは少し新しいスタイルかも。

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▼ またもや、本屋的な場所から物販店エリアに入ってしまう。本屋と他の店舗の境界がないのだ。

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▼ ? お酒も飲めるのか。図書館でお酒。これは新しい発想だ。

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▼ アップルコーナーも充実。他のパソコンは一切無いのに何故アップルだけ入店しているんだろう。

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▼ 「マックはお使いになったことありますか?」と25歳くらいのお兄ちゃん。「もう20年以上使ってるよ」と言うとすすすーといなくなってしまいました。

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▼ ファミマもモノトーンですかしていた。

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▼ このパラソルヒーターはガスがエネルギー源だけど、せっかくソーラーパネルで電気つくってるんだから、エレクトリカルなパラソルヒーターの方が、スマートだと思うけど。それと、日よけのパラソルは、今の季節いらないんじゃないか。用途が違うこのパラソル併存はスマートじゃないなあ。

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▼ このラインで誘引しているツタは何故この高さで止めているのだろう?そこから先は自発的に這い上がっていくんだろうか。そして、外壁の模様はツタの葉っぱ模型だった。触るとプラスチックで耐火性がないけど大丈夫なのだろうかとも。

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▼ ちょっとオシャレに白いパイロン。赤とか黄色だと現場っぽいが、これはスマート。

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▼ PHEV (Plug-in Hybrid Electric Vehicle) 車のための充電パーキング。無料な模様。ちょっとスマート。

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サスティナブル・スマートタウンとしての新しい試みは多く感じなかったが、湘南蔦谷書店は面白いと思う。図書館とスタバ、図書館とアップル、図書館とお酒、全体的にゆったりとくつろぎながら本が読める仕掛けが良い感じ。今度はゆっくり時間を作って行ってみたいと。
ただ、商業施設として儲けどころはどこにあるのだろうかとも。私が次回、時間を作ってわざわざ行っても、飲み物にお金を使うくらいではないかと思う。

 


■ 「うづくり」で階段をつくる

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「うづくり」とは、板の年輪を浮き立たせた仕上げ方のこと。一般的には、和風建築の造作材として使われることが多いですが、一般住宅の階段の踏み面(断板)として使うのが良いことを発見しました。私の場合は、踏み面の段鼻付近に3mmの彫り込みを3本入れるという仕上げ指定が通常でしたが、このうづくりは、踏み面全面が滑りにくくなっているので、かなりの安心感があります。

また私は、鉄砲階段やハシゴの場合、降りる時の安心感を増すために、踏み面を3度奥に傾けることも多いです。そうすることで、下に向かってズルっと滑りにくくなりとても安全性が高くなるのです。

今後は「うづくり」と「三度傾斜」のダブルスタンダードで安全性を高めていこうかと考えています。

真ん中の写真「カラ」はカラマツのうづくりで、「源平」と書いてあるのが杉のうづくりです。杉の柾目のうづくりは目が立っていてとてもいいかんじです。この材料は三層パネルにもなっているので変形にも強そうです。

 

「うづくり」Wikipediaから引用

浮造(うづくり)は、刈萱(かるかや)の草の根を水にさらした後、干して麻紐で束ねた道具。用途として、木の板・柱などの柔らかい部分(春目:はるめ)を磨きながら削ぎ落として木目を浮き上がらせ、木材の見た目を美しくするために使用するし、そういった仕上げを浮造仕上げという。

古い木材に使用するときは根の粗い部分を束ねたものを、新しい木材のときは根の細い部分を束ねたものと使い分ける。入手性がよいとはいえないため現在ではワイヤーブラシや電動工具で代用することも多い。浮造仕上げの無垢板は、木目が強調され凹凸が目立つようになる。

※佐山注釈:本来は板の表面を削り取るのではなく、柔らかい部分を押し込んでいったそうです。そうすることで表面の目が立ったところと押し込まれてへこんだ部分の堅さが同じになるようにするためと考えます。

 

 


■ USA2000走破 四日目2013.10.04メモ

▼2013.10.04 (写真はグーグルマップから引用)

前夜22:00過ぎ、宿泊地サンノゼのモーテル6に到着。どのくらい走れるかわからなかったので、目標地点のモーテルを事前に日本でチェックしていった。目標地点の半径200Kmほどのめぼしいモーテルの住所を控えていったので迷うことなく第一チェックポイントに入ることができたのだ。

ネット環境はWiFiだけだったので、車を運転している間はもちろん、パーキングエリアや街の中ではかなり情報検索が限られる。GPS付きの車であればそれで検索できるが、時間を節約するためには事前チェックすることが肝要だ。

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▼2013.10.04 11:35

この日のちょいと観光は、アップル本社。いずれ宇宙船のような本社屋に建て替えられるそうだが、ファサードの改修中で養生シートに包まれていた。本社前にはアジア系の観光客が多かった。

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▼2013.10.04 11:47

本社内のアップルストア。部外者はここまでしか入ることができない。入ると5〜6人のチャイニーズが店員に向かって「iPhone5sはないのか!!」と騒いでいた。彼らはどこに行っても大声でお行儀が良くない印象。

レジ付近は日本のアップルストアとそれほど印象が違わないが、商品はアップルマーク入りアパレルが豊富で日本と違う。マック本体やハードが全く売っていない。観光客相手の商売といった感じ。

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▼2013.10.04 12:15

クパチーノ。アップル本社裏手の住宅街を歩く。ロサンゼルス市内の住宅街と違って、鉄格子がほとんどない。隣地との塀もなく安全な街であろうことがわかる。デザイン的には見るべきものはほとんどないが、道路の広さには驚く。ここに限ったことではないが、とにかく住宅街の道路は広い。国土が広いこともあるが、街全体は車優先で造られている。

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▼2013.10.04 12:42

増築の現場があったので、ちょっと覗いてみた。まあまあ、かたづけられていることからわかるように現場内部もそこそこの仕事をしていた。仮設トイレは日本と同じで何故か感心する。

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▼2013.10.04 10:53

アップル本社付近の住宅街散策を終え、ロサンゼルスへ向けてフリーウエイに乗る前に腹ごしらえ。ちょいと目の端にアジア系のスーパーマーケットが目に入る。その端にベトナム料理屋があった。気軽にランチがとれそうなので入る。客層はアジア系とその他で半々程度。フォーを注文。待っている間メニューを見ているとチャーハンもうまそうだったので追加注文。ウエイトレスに注文しようとすると「あんた、さっき頼んだでしょ!」と素っ気ない。いや「add!」というと渋々「OK」と。やる気のなさそうなベトナムおねーちゃんだった。

それでも、フォーとチャーハンはとても美味しく、アップル本社に行って付近で食事をする場合はおすすめできる。

Pho Minh

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▼2013.10.04 13:30

Pho Minhが入っているスーパーマーケット。アジアの食材がほとんどそろっていた。赤いきつねから伊藤園のお〜いお茶まで。鮮魚も豊富だったが、マダイよりも黒鯛の方が値段が高かった。価値基準は日本と違うようだ。

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▼2013.10.04 15:47

サンノゼからロサンゼルスへ向けて国道101号線を南下。トイレ休憩でゴンザレス付近でフリーウエイを降りる。この手のコンボイが多く、日本のトラックと比較にならないスケールに圧倒される。

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▼2013.10.04 15:52

荒野の廃墟ストア。このような風景にもっと多く出会えるかと思いきや、ポートランドからロサンゼルス間ではあまりなかった。廃墟好き、工場好きの私としては少々残念。このたたずまいは旅愁をそそられる。

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▼2013.10.04 20:17

夕方国道101号線は一度海沿いに出た。PismoBeachという街。とある住宅街で夕陽が沈むのを確認し、ロサンゼルスに向かう。PismoBeachを出たところでいきなり山道になる。ガソリンメーターは半分ほどを指していた。ガソリンスタンドがあったら補給しようと思い始めたが、山道は終わる気配がない。全く人気の無い道は延々と続き、だんだん心細くなる。PismoBeachで補給すれば良かった。アメリカではガソリン残量が半分になったら補給は必須だ。100Kmくらい走っても街もガソリンスタンドも全く現れなかった。

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ガソリン残量10%を切ったあたりでやっとガソリンスタンドにたどり着く。アメリカのガソリンスタンドはほとんどセルフ給油だ。田舎の方では、クレジットカードを入れるとそのまま給油できたが、街に近いスタンドでは、クレジットカードを入れるとZIPコードを聞いてくる。ZIPコードって、郵便番号か?と思い店の人につたない会話で聞くもまったく会話が成立せず。あーだこーだしていると50$払えという。前金なんだろうと思い、払って給油して戻ってくるとおつりをくれた。

日本に戻って調べてみると、そのような場合、日本の郵便番号の頭に「00」を足して打ち込むとクレジットカードでセルフ給油できるとあった。やれやれ。調べていけば良かった。

それと、日本のセルフスタンドでは給油中ノズルは手で持っていて満タン近くなると自動でとまるシステムだが、アメリカでは様子が違った。初めて入れたとき、様子がわからずノズルを持ったまま、まだ満タンにならないのかなあと思いつつあしもとを見るとガソリンが大量にあふれていた。次のセルフ給油時に店員が教えてくれたのだが、ノズルの握るところにストッパーが付いていてそれを手動で操作し、自動給油し満タン近くになるとストッパーがきいて止まる仕組みなのだ。慣れればなんてこと無いが、日本と操作方法が違うので要注意だ。

しかし、1ガロンハイオクで91セント。すなわち、1$100円でざっくり計算すると、24円/Lだ。日本の1/6以下。5000ccのムスタングでがんがん走っても、ガソリン代はあまりかからないなと実感するわけだ。日本はガソリンが高すぎる。

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▼2013.10.04 23:00

国道101号線をロサンゼルスに向けて70〜80マイル/時でひた走る。ロサンゼルスに近づくにつれ、片側2車線からどんどん車線が増えていき、片側4車線になる。この日の行程2/3を消化したあたりで、頭はランニングハイ状態。苦も無くハンドルを握るのが楽しくもなく。ゆきかうヘッドライトとテールライトを眺めているうちに、中島みゆきの曲を頭の中で口ずさんでいた。

語り継ぐ人もなく 吹きすさぶ風の中へ 紛れ散らばる星の名は 忘れられても ヘッドライト ・テールライト 旅はまだ終らない

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▼2013.10.04 23:00

遅い晩飯。シーフードを狙った。少々高かったが、サンタモニカの味を試す。ここでも勉強。クレジットカード払いの場合チップも金額を書き込めばそれでOKとロサンゼルスの友人建築家から教えてもらっていた。よしよしとよく読まずに15%程度をチップとして書いた。しかし、戻ってレシートをよく見ると既に「included gratuity」と書かれていて手書きの15%を足すと30%もチップとして払ったことになるようだ。まあ、何事も体験しなくちゃ体得できないのだ。

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▼2013.10.04 走行ルート

サンノゼ〜ロサンゼルス

走行距離:約382マイル(614Km)

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10.01 + 10.02 + 10.03  + 10.04  四日間合計 1292マイル(2067km)

 

今回の旅で思ったことメモ。

結果として、四日間で2000Km以上走った。そのうえでの感想はアメリカはとてつもなくでかいということ。生活するとして日本と比べるとどちらが良いかは言うまでもないが、得体の知れない底なしの可能性を感じたのだ。これでは、アメリカを敵に回して戦うことは無謀というものだと体で感じた。

高校生の時にカルチャーショックを受けた雑誌ポパイのライフスタイルは今では強烈に感じることはなかった。しかし、空と地平に飲み込まれていくように続く気の遠くなるような一本道をひた走っているときは、アメリカンサイズのモーターホームやSUVが多く、サンフランシスコやロサンゼルスの街では、プリウスクラスの普通車が多く日本と変わらぬ風景だった。アメリカの田舎では日本サイズでは見られない悠々としたカーライフスタイルがあることを知った。そして、焦ってかっ飛ばしている車は私だけだったことも記憶に残ったのだ。

 

 

 


■ USA2000走破 三日目2013.10.03メモ

▼2013.10.03 8:00

WaldPort/KOAコテージ横の河口。釣りボートが浮かんでいる。サーモンかスチールヘッドか。流れが効いていて良い感じだった。昨夜のプランでは橋桁付近にアプローチし、その陰に潜みベイトを狙っている奴と遊ぼうと思っていた。しかし、降りることができず断念。

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▼2013.10.03 8:25

車で下流に移動し、キャスティング。風が強く、気温も低い。ロサンゼルスあたりは20℃以上あるというのに、この日は5℃くらいしかない。数投して気配がないのでとっとと引き上げる。この日は1000Km以上の長距離走破を予定しているので潔く岸辺をあとにした。

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▼2013.10.03 9:32

キャビンに戻ると、モーターホーム群も、のそのそと朝の移動を始めていた。この日は宿泊地のWaldPortからApple本社があるSanJoseまで走る予定だったので、宿は決めていなかった。それは、走行距離1051Km、所要時間13時間ほどということだったが、本当にそこまでたどり着けるかわからなかったから。行けるところまで行って泊まれるところで泊まろうと考えていたのだ。

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▼2013.10.03 10:52

走り始めると、日本では見ることのできない不思議な光景がしばしば見られた。3階建てビルくらいの高さの針葉樹が道の両側に枝を張り出し隙間無く立ちはだかり、空が異様に狭く、その底を這うようにまっすぐ続く道はしんとして暗く、まるで海底を思わせた。人気が全くなく、少し心細くなる。

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▼2013.10.03 12:39

ただ、ひたすら走る。101号線は、自然豊かな狭い片側1車線だったが、5号線に出ると雄大な大地をただひたすら走る。雲の流れの方が早いなあと思いながら、80マイル/hくらいでただひたすら走る。こっちのひとは割と皆安全運転だった。私一人が、地の果てまで急ぐように80〜100マイル/hで走っていたのだ。ロサンゼルスの建築家からは結構スピード違反でつかまるから気をつけるようにと言われていた。幸いポートランドでシェリフを見かけただけで、フリーウェイではお目にかからなかった。

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▼2013.10.03 13:34

走り始めて4時間ほど。数回、ガソリン補給と休憩でフリーウェイ横のパーキングにピットイン。オレゴン州の5号線は、この手の車がとても多い。土地柄か小さい日本車はほとんど見かけなかった。この車も大きなキャンピングカーなのだが、運転席に乗り込もうとしているのは白髪のおばあさん。80歳は超えているようだ。遠くに移動しているのか、近くに住んでいてサンダル代わりにこの車を運転してやってきたのか、見分けが付かなかった。それくらい普段着っぽい車の扱い方だった。さすがだな。と思わずぱちり。

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▼2013.10.03 14:54

この時間でまだメドフォード付近。針葉樹林から広葉樹が混じるようになる。まだこの日の走行工程の半分も走っていない。まだ、オレゴン州なのだ。フリーウェイ横のパワーセンターでトイレとコーヒー休憩。バスボートを牽引するランクルを発見。街が近いせいかSUVやキャンピングカーよりも、普通車が多く見られるようになる。それでも、オレゴン州は大型サイズのSUVがまだまだ多かった。

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▼2013.10.03 16:06

走れど走れど道は地の果てまで続いていた。すると突然あるカーブを曲がると富士山もどきが姿を現した。ほんとにまるで富士山のように冠雪したその山は、かなり大きかったのか走れど走れどその大きさは変わらなかった。そのもどきを目にしてから、2時間以上は目の片隅にその存在感を誇示していた。あとで調べるとシャスタ山という山であり、その日の走行工程のちょうど中間地点に位置する山のようだった。

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▼2013.10.03 18:28

地平線に見えなくなるまっすぐな道を、ただ黙々と右側斜線を走るトラックやトラックを抜いていった。やがて夕暮れていくも、ただひたすら黙々と走るしかなかった。この右手のトラックの右側に低い丘のような山が大きく横たわっていて、その100km先には太平洋が広がっている。そこに日が沈んでいくのだろう。その丘をシルエットにして夕焼けが長く続いた。これも感覚的に日本では味わえない長さではないか。時間はアメリカでも日本でも平等であるはず。黙々と運転しているその状況がそう思わせたのか、日本にはない地形がそう思わせたのか。不思議な時空がしばらく続いた。この道は3時間ほどまっすぐだったような気がする。日本では味わえない時空だ。

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▼2013.10.03 19:03

いよいよ暮れていく。この空と地平の中に飲み込まれていくようなのっぺりと変化のない道には外灯なんて全くなかった。暗くなりはじめは少々不安に思ったが、慣れてくると意外になんともなかった。それは、道路に描かれている白線に反射版が埋め込まれていて、暗くなるとヘッドライトに照らされたその反射版がとても気の利いたガイドになっていったのだ。合理的で、エネルギーを使わない良い方法だと感心する。も。まわりにまったく光がないので有効なのだと気がついた。道路周辺に街の明かりが散在すると、反射版もうまくガイドできなくなるのではないかと。

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▼2013.10.03 21:50

なんとかようやくやれやれ、本日最終到達目標地SanJozeちょい北のサンフランシスコまでやってきた。ここまで約12時間。ちょいと寄り道、観光気分でゴールデンゲートブリッジを渡って引き返すことに。夜なので詳細はわからなかったが、なるほど、横浜ベイブリッジ、瀬戸大橋の原型らしいたたずまいだった。ここでこの日予定している走行距離の9割は走破していた。ここまで来るとランニングハイに近い(のであろうと想像する)、いい感じの興奮状態が続き、苦痛も疲労もなくルンルンとSanJoseに快走して行ったのだ。22:30頃SanJozeのモーテル6に滑り込みチェックインを済ませ、コンビニで酒とつまみを仕入れ、軽く一日を振り返り泥のように眠った。

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▼2013.10.03 走行ルート

ウォルドポートKOA〜サンノゼ

走行距離:約657マイル(1051.2Km)

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10.01 + 10.02 + 10.03  三日間合計 910マイル(1456km)

 

 

 

 

 

 


■ USA2000走破 二日目2013.10.02メモ

▼2013.10.02 9:10

朝、テーブルにルームキーとチップを置きCascade Locks / Portland East KOAを出発。ポートランド市内に向かう。

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▼2013.10.02 9:30

ハイウエイにあがる前にちょいと立ち寄る。橋桁にネイティブの絵。車で走っていると鉄橋がおもしろい。それぞれの時代のデザインがあり迫力がある。

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▼2013.10.02 10:10

ハイウエイに乗り、左車線を調子よく10マイル超え(80マイル/h≒130km/h)で走っていると、右車線を走っている車が目の端に写った。一瞬『緑色?sheriff??!うわっ』と速度を落とし、右車線に移動し、後部につけた。白黒に赤いサイレンを積んだ車しかなじみがないが、瞬時に機転が利き事なきを得た。やれやれ。

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▼2013.10.02 12:15

ポートランドは車よりも、ロードバイク、電車などのCo2排出が少ない乗り物を積極的に取り入れようとしているらしい。そうは聞いてきても、車は多かった。しかし、セグウエイで観光ツアーしている様子を見て、さすがポートランドだなと感心する。が、歩いた方がダイエットにいいかも。

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▼2013.10.02 12:17

1982年に建築されたポストモダン建築の代表作品。マイケル・グレイブスの設計。全体的な印象は、色と形でデザインされたためか、熟して良い感じとなってはいなかった。手入れをしっかりやっていかないと色と形のデザインだけでは、経年変化に耐えられないのだろう。やはり年月を経て熟すことによる良い味を出してくるのは自然素材に軍配が上がるか。

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▼2013.10.02 13:44

この夜は、太平洋沿岸部で宿泊する予定だったので、翌朝ちょいとサーモンかスチールヘッドに遊んでもらうことにしていた。羽田でデルタ航空の手荷物制限の枠に引っかかりロッドケースを一つ置いてきていた。加えてスーツケースに忍ばせておいたパックロッドの穂先が、今朝数投でポキリといってしまったためポートランド市内をでる前に新たなパックロッドを物色。まあ、上州屋のアメリカ版のような店に行く。驚いたのは、釣り用品の売り場の脇で、ライフルを売っていたこと。なにげに買っている人も居て、背筋がざわつく。

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▼2013.10.02 13:55

ついでに正しくサーモン君とスチールヘッド君に遊んでもらうために「フィッシング・ライセンス」も購入。二日分で、31$。3000円強。そんなもんだろう。ライセンスを購入し、ガソリンを入れ、今日の宿泊地Waldportへ向けて出発する。

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▼2013.10.02 18:00

州間高速道路5号線を南下し、コーバリスあたりで国道20号線を西に向かう。100km弱、森林地帯を走り、太平洋に出る。ニューポート・ジャズ・フェスでも有名なニューポート。スーパーで買い物をし、街を見ることも無く宿泊地に向かう。街を出て湾岸を走り出し大きな橋をわたるところで左側対岸の山肌に街がへばりつき、とても美しい街のようだ。時間があれば街をぐるっと一走りしたくなるが、暗くなりそうなのであきらめる。

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▼2013.10.02 18:00

Waldport/Newport KOAに到着。今夜もポートランドで買ったステーキを食う。500gの一枚にしておく。
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▼2013.10.02走行ルート

カスケードロックス〜ポートランド市内〜ウォルドポートKOA

走行距離:約193マイル(308.8Km)

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10.01 + 10.02 二日間合計 253マイル(404.8km)

 

 

 

 


■ 湘南テラス106街区デザイン開始

2013年9月21日以降販売予定の土地に下記のご家族を想定して6区画のデザインを始めました。すべて風の建築です。

・映画と本をこよなく愛する4人家族のすまい
・アーティスト夫妻の3人家族と犬一匹のすまい
・ホームオフィス併設の3人家族とご両親との2世帯住宅
・釣り好き、料理好き、アウトドア好きのお父さんが居る4人家族のすまい
・車をこよなく愛する3人家族のすまい
・工房がある4人家族のすまい

松浦建設

家族想定にリクエストがあればコメントしてみてください。
採用される場合があります。


■ 聞き覚えのある映像だ

 
 
俺はどこに向かっていくのだろう
高校生か大学生の頃の遠い記憶の…ようだ
 
 

 
 
この曲はライ・クーダーだとは思っていた

 
 
原点はここだったのか!それは今知った

 
 


■ ヘビーデューティーとは何か

 
ヘビーデューティーと言い
ヘビアイと言う
いったいこれは何なのか
我々の生活ととこでどうかかわるのか
それは我々に何をもたらすのか
 

 
ヘビーデューティーを我々が意識したのは米国に始まる。その米国で、ヘビーデューティーとは「丈夫な」でしかないだろう。それ以上の意味をそこへくわえるのは輸入国の考えすぎかもしれない。けれども、居直るわけじゃないが、それで良いと思うのだ。ヘビーデューティーという言葉の背景には「丈夫な」というだけではとても説明しきれない意識や生活がある。我々が知りたいのはそれであり、この本の目的もそこにある。
 
つけ加えの第一は、ヘビーデューティー、イコール「本物」ということ。ヘビーデューティーとは物の本質をふまえたもの。その目的を良く満足させるもの。必要でしかも充分な物、よく機能するもの、つまり本物のことなのだ。だから、ヘビーデューティーの良さや美しさは、もの本来の姿そのままの中にある。当初の目的以外の作為や付加価値はヘビーデューティーにはいらない。また、本来の姿だからこそウソではない本当の美意識が宿るのだ。本物の趣味性が入り込めるのだ。カヌートリップのときのフェルト帽子は絶対にダークグリーンでありたいというのも、クライミング・ブーツのレースは赤ときめつけるのも実にそこからきているのだ。
 

1977年発行「ヘビーデューティーの本」小林泰彦著より引用
 
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私のデザインする建築の根底に流れる思想の源流だと再認識した。
今まで良く私が好んで使ってきた「船舶用照明」もヘビーデューティーそのものだ。華美な装飾は一切ない。我が家の築後15年を経たその照明器具は潮風にさらされクロムメッキに緑青のようなカビが生えてきて存在感が出てきた。「照らす」「壊れない」「電球を水からまもる」というシンプルな本来の機能はまったくくたびれず、それはまさにヘビーデューティー・ギアなのだ。
 
 
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